GROOVE ARCHIVE
← ポップ
ノー・シークレッツ

ポップ / シンガーソングライター・ポップ · 1972

ノー・シークレッツ

カーリー・サイモン

No Secrets · Carly Simon

この一枚を聴く理由

親しみやすいポップの響きの内側で、愛情と疑念が同時に動く。

音楽と一緒に読む

収録曲・試聴

日本語編集版

アルバムの物語

相手の名前を知らなくても、このアルバムは楽しめる。むしろ名前当てを一度脇に置くと、確信を持って話す人が、別の曲では自分の感情を持て余す、その変化が見えてくる。カーリー・サイモンの声は、強さだけで一枚を押し切らない。

『ノー・シークレッツ』は1972年の第3作。リチャード・ペリーが制作を担当し、公式記録では同年秋のロンドン、トライデント・スタジオでの録音とされる。個人的な言葉を豊かなスタジオの音に包む作品だが、豪華さだけを聴きどころにすると、歌の中の小さなためらいを見落としてしまう。明るい曲調と幸福な結論は必ずしも一致しない。

言葉が旋律になる場所

最初は楽器の名前を追うより、声が文章をどう区切るかに集中してみたい。会話に近い明瞭な発音から、長い音を伸ばす歌唱へ移ると、言葉の意味とは別に感情の幅が生まれる。弦やコーラスが広がる箇所でも、誰かに話しかける距離は保たれる。一方、静かな曲では伴奏の隙間が言葉の重みを変える。大きな編成と親密な表現は、この作品では対立しない。伴奏が厚くなった時だけ感情が強くなるとは限らない。音数が少なくなる場面でも、語尾に置かれた一音が印象を変える。その違いを一曲ずつ確かめることが、この歌手の表現への入口になる。

知り合うことの逆説

冒頭の「The Right Thing to Do」と「We Have No Secrets」を比べよう。愛情を信じる姿勢と、相手を知りすぎることへの戸惑いが同じ声から出てくる。秘密のない関係は、傷つかない関係とは限らない。「The Carter Family」や「Embrace Me, You Child」では、視線が家族や幼い頃の記憶に向かう。恋愛の歌だけを集めた一枚として聴くより、現在の自分を形作る過去との対話として聴くと広がりがある。ただし、すべてを本人の日記と決めつける必要はない。

ヒットと一枚の流れ

米国のアルバム・チャートで首位を獲得したが、当時の批評が一様だったわけではない。1973年1月のスティーヴン・ホールデンによるローリング・ストーン評は、歌声の個性を評価しつつ曲の出来には差を認めた。後年のライノの紹介は大きな成功に重点を置く。この時間差を踏まえ、有名曲の周囲にある静かな歌も聴きたい。ここで案内するデジタル版はオリジナル順の全10曲。表示される℗1978は初発売の1972年とは区別し、特定のリマスター年とも断定しない。まず一曲目から通し、最後にヒット曲へ戻ると、その自信に満ちた響きにも別の陰影が加わる。

曲からたどるアルバム

一曲目と五曲目を続けて聴き、愛情を語る声の変化を追う。

  1. You're So Vain

    低音の導入が、歌い出す前からゆったりした態度を作る。細かな場面を並べるヴァースに対し、サビは短く明快な輪郭を持ち、ミック・ジャガーのバック・ヴォーカルが別の肌触りを加える。相手の実名より、一人で話していた声が皆で歌える形へ変わる瞬間に注目したい。言葉は鋭くなっても、リズムは慌てない。そのずれが単なる怒りの歌にはない余裕を生む。サビが戻るたび、それまでに語られた場面が同じ旋律に違う表情を与える点も面白い。人物を突き放しながら、その魅力まで消してしまわない音楽として聴ける。まず声、次に低音という順で注意を移すと、この二重性を捉えやすい。

    参考資料 · Stephen Holden, Rolling Stone, 4 January 1973 (archived transcription)
  2. We Have No Secrets

    互いに何でも話す関係を、ただ理想として讃える曲ではない。相手の過去を知った後に残る気持ちへと、話の向きが変わっていく。流れのよい伴奏を追いながら、声が文章の終わりでどのように表情を変えるかを聴いてみよう。音楽が先へ進むからこそ、ためらいは小さな動きとして現れる。冒頭の曲と比べれば、同じ歌い手が確信と疑念の双方に形を与えていることが分かる。英語の意味をすべて追えなくても、長い文が短くなる場所や、同じ旋律につく抑揚の差から入れる。告白の量では測れない親密さを扱い、アルバムの題名を問い直す一曲だ。答えを急がず、後味を残す歌い方に耳を向けたい。

    参考資料 · Carly Simon: original album sequence and session credits

次に聴く一枚

同年のエルトン・ジョン『Honky Château』へ進むと、個人的な歌を広いポップの空間に置く別の方法に出会える。

Honky Château ↗
参考資料と編集について

日本語の読者に向けて独立して編集した記事です。作品の事実関係は下記の資料を参照し、聴きどころは編集上の解釈として記しています。AIによる編集・検査を実施しており、第三者の読者による実査ではありません。